「傑作はまだ」瀬尾まいこ 生きることと人と関わること

「傑作はまだ」瀬尾まいこ 感想

「傑作はまだ」瀬尾まいこ作の小説を読みました。

カバー下には以下の文章が。

元通りになることなど一つもない。しかしそれは決して不幸なことではない。

引用:「傑作はまだ」瀬尾まいこ

なんとも気になる素敵な文章。

 

結論、いつもの瀬尾まいこさん作品同様、すっきり暖かく気持ちいいお話でした。

 

物語の始まりも、いつもの瀬尾まいこさんの特徴の突拍子もない設定。

「実の父親に言うのはおかしいけど、やっぱりはじめましてで、いいんだよね?ま、名前と顔は知ってるだろうけど、永原智です。はじめまして」

突然やってきた青年に玄関でそう頭を下げられ、俺はただ、「ああ、まあ」としか声が出なかった。

引用:「傑作はまだ」瀬尾まいこ

毎度どんな話がこれから始まるのか、ドキッとさせられる始まりですごいです。

 

ざっくりあらすじ(ネタバレなし)

独りで暮らす50歳の男性小説家主人公の元に、25年前に一度の関係で出来た、会ったことのない息子が突然訪ねてくる。一人の世界に閉じこもった主人公の世界が、息子によって広がっていき、次第に主人公の生き方や人を見る目が変わっていく。

そんな話でした。

感想とか(ネタバレあり)

ここから先はネタバレを気にせず書きますので、嫌な方は戻ってくださいまし。

 

 

 

 

 

 

 

 

基本、嫌な人間は登場しないし、主人公は正直者だが完璧ではない

「傑作はまだ」だけでなく、たいていの瀬尾まいこさんの本もですが、いわゆる嫌なやつはお話に登場しません。そこがある意味、瀬尾まいこさんの小説を読んで「ほっこりする」とか「暖かい読後感」という感想につながっている所なんだろうと思います。

また、「完璧な人間」も、特に主人公としては出てきません。主人公は正直者で欠けているところがあり、他の登場人物と交流するうちに新しい気付きを得て、これまでより幸福な人生を送るための物の味方や智慧を得ていく、というのが瀬尾さんの小説のパターンかもしれません。

今回の「傑作はまだ」では、主人公の小説家は自分の中を掘り下げるのに興味があり、仕事の打ち合わせなど必要最小限の外部との接触以外は、一人で家に閉じこもる生活を送り、他人に(毎月写真が送られてくる息子にすら)興味を持っていません。

そこに突然、人とごく自然に交流し、人の小さな変化を見逃さない息子がやってきて、主人公の生活やものの見方、そして人生まで変わっていくのが今回の本です。

主人公が「スタバラテ」を飲んだことがないと知るや、すぐさまスターバックスに連れ出すと、早速二人の物の味方の差異が如実に描かれます。

カウンターのほうから聞こえる甲高い声に顔を向けると、スカートを短くした茶色い髪の女子高生が立っているのが見えた。高校生のくせに化粧が濃いのがここからでもわかる。

「最近の子は声がでかいんだな」

女子高生は耳障りな大きな声で、マイペースにゆっくりと注文をしている。後ろに人が並んでいるのを、なんとも思っていないのだろう。

「えっと、飲み物はカフェモカね。サイズは普通だからー、トールってことで!」だらしない語尾に俺は眉をひそめた。

「ああ、あれ、後ろのばあさん、おどおどしてるからだろう」

青年もカウンターに目をやるとそういった。

「でかい声でおばあさんを驚かそうとしてるのか。最近の子は本当にどうしようもないな」

俺の言葉に青年は「うそだろう」と眉を寄せて笑った。

「きっと、あのばあさん、うっかりスタバに入っちゃったものの、この雰囲気にどうやって注文するのか戸惑ってるんだよ。だから、こういう感じで注文すんだよってわかりやすく示してるんじゃない」

「は?」

「は?って。だから、ああやって大きい声でゆっくり注文すれば、ばあさんもなんとなくオーダーのやり方がわかるだろう?」

あのとんでもない女子高生が、そんなに周りを観察して気配りをするのだろうか。納得できずにいる俺に、「普通だよ。後ろに戸惑ってる人がいたらそれぐらい誰でもやる」と、青年が言った。

「そうなのか?」

「本気かよー。おっさん、引きこもって路頭に迷った若者の話ばっかり書いてるうちに、こんな当たり前のこともわからなくなってるなんてやばいよ」

青年はゲラゲラ笑って、コーヒーを飲んだ。

引用:「傑作はまだ」瀬尾まいこ P.45

人の誕生日を祝ったことなどなかった主人公は、息子が立て続けに周りの人の誕生日を祝っているのを見て訝しがりますが、ここでも人との繋がり方の考えの違いを知ることになります。

「君は誕生日を祝うのが趣味なのか?」
(…中略)
「まさか」

「じゃあ、どうして?君はこの一か月で三人もの誕生日を祝っている」

「おっさん、本当に風変りだな。身近に誕生日の人がいたら、おめでとうくらい言うのは自然なことだよ。人を喜ばすことができるかもしれない機会が目の前にあれば、やってみたくなるだろう?誕生日は割と安全に相手を愉快にできる、とっかかりやすいチャンスだから、おっさんもどんどん人の誕生日祝ったほうがいい」

引用:「傑作はまだ」瀬尾まいこ P.119

この「息子」の考え方や話しぶりはなんとも愉快でエネルギッシュで、閉じこもった主人公と対になる光のような魅力的な人物でした。

身近な小道具で身近な小説になる

今回の本では「ネスカフェゴールドブレンド」を、息子が「牛乳を温めてから混ぜる」ことでより美味しくさせたり、主人公が存在を知らなかった「からあげくん」をローソンでバイトをする息子が差し出してすっかり鉱物になったり、飲んだことのなかった「スタバラテ」を一緒にスターバックスに行って飲んでみたりします。

こんな風に身近に存在する商品が小説に登場することで、登場人物がリアルに感じられて、よりお話の世界に入り込める仕掛けになっているなと思いました。

久しぶりにからあげくん食べたくなったし、ゴールドブレンド飲みたくなったし、たまたま今日2年ぶり位にスタバラテ飲んだ僕にはより効果抜群でした。

 

「元通りになることなど一つもない。しかしそれは決して不幸なことではない。」

「傑作はまだ」は、「一人でも割と生きて行けてしまう世の中で、しかも案外一人で快適に生きられてしまうし、他人と関わるのは面倒や苦労も絶えないけれど、しかし全く質の違う暖かさや得難い幸福があるんじゃないだろうか」というようなことが書かれてるんじゃないかなと、勝手に思いました。

そして、「他人と関わる面倒や苦労」の最たるもので逃れられないのが、別れだと思います。誰かと出会って別れるのは、最初から出会わなかったのとは全く違うことで、釈迦の時代から愛別離苦と呼ばれてきた苦しみの一つだと思います。

だからと言って最初から出会わなければ良かったというのではなく、

元通りになることなど一つもない。しかしそれは決して不幸なことではない。

引用:「傑作はまだ」瀬尾まいこ  ページ下 / P.178

なんだろうと思います。

瀬尾まいこさん、良い本をありがとうございました。

勝手な感想でした。

 

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